• 三所神社について

三所神社は、高知市の神田(こうだ)地区の氏神です。


三所神社には、伊邪那美大神・速玉之男大神・事解之男大神の三神が祀られており、この三柱の神様を祀ることから三所神社と称したと言われています。 高知市の神田(こうだ)地区の氏神です。

名   称三所神社
所 在 地〒780-8071 高知県高知市神田358-1
御 祭 神伊邪那美大神 / 速玉之男大神 / 事解之男大神
例 祭 日元旦祭(1/1) / 節分厄除祈願祭(2/3-5) / 祈念祭(2/17) / 夏越祭(6/30) / 夏大祭(7/17) / 奉賽祭(11/20) / 秋大祭(11/23)
境 内 社水神社 / 八坂神社 / 若宮神社 / 中ノ内神社
電   話088-832-3568
F A X088-881-5297

ご利益

  • 五穀豊穣
  • 氏子の安泰
  • 厄除け
  • 開運招福
  • 縁結び

  • 由 緒

創建された年代は不詳ですが、享保元年(1716年)8月以前の鎮座とされています。


創建された年代は不詳ですが、享保元年(1716年)8月の棟札があり、これ以前の鎮座で「元三社権現」または「三所権現」と称していたと記録されており、江戸時代には主に神田地区の産土神として崇敬を集めていたようです。
明治元年(1868年)の明治政府の政策「神仏分離令」により「三所神社」と改称し、独立した神社となり、明治4年(1871年)の神社を等級化する制度「近代社格制度(第二次世界大戦後に廃止)」にて、翌5年には「村社」の格が与えられます。
その後、昭和20年(1945年)の高知大空襲(1月19日 ー 高知市へ対しての初めての空襲)で、B-29爆撃機によって神田地区に投下された爆弾により社殿が焼失しました。
終戦後の昭和21年(1946年)には「宗教法人三所神社」となり、氏子たちの尽力によって昭和25年(1950年)に再建されました。


  • 御祭神

三所神社には、伊邪那美大神・速玉之男大神・事解之男大神の三神が祀られています。


三所神社には、伊邪那美大神・速玉之男大神・事解之男大神の三神が祀られております。


伊邪那美大神(イザナミのおおかみ)


日本神話の女神で神世七代の7代目(妹)で、はじめて男女の結婚の道を興された神でもあり、伊邪那岐大神(イザナギのおおかみ)の妻です。
神話においては皇室の先祖とされています。

天地開闢において神世七代の最後にイザナギとともに生まれ、後にイザナギとは夫婦となります。
オノゴロ島におりたち、国産み・神産みにおいてイザナギとの間に日本国土を形づくる多数の子をもうけます。 淡路島・隠岐島からはじめやがて日本列島を生み、更に山・海など森羅万象(しんらばんしょう・しんらばんぞう)の神々を生みました。

火の神軻遇突智カグツチ(迦具土神)を産んだ際に火傷を負って病に臥し亡くなりますが、その際にも尿や糞や吐瀉物から神々を生んでいます。

亡骸は、『古事記』によれば出雲と伯伎の境の比婆山(島根県安来市伯太町)に、『日本書紀』によれば紀伊の熊野の有馬村(三重県熊野市有馬の花窟神社)に葬られたとなっています。

イザナミの死後、愛おしさのあまりイザナミを連れ戻そうと黄泉国(よみのくに)までやってきたイザナギに対しイザナミは「黄泉国の神々にお伺いを立てるので、決して私の姿を見ないでください。」というお願いの約束をして御殿に入りイザナギの願いをかなえるよう動きます。
しかし、イザナミが愛おしくてたまらないイザナギは、死後の姿であろうともイザナミを見たくて、なかなか黄泉国の神々の許可がおりないこともあり、ついに約束を破ってしまいます。
死後の醜い姿を見られたイザナミは「恥をかかされた」と大いに怒り、黄泉国から逃げ帰ろうとするイザナギを1,500の黄泉国の鬼女らに追わせたが捕らえることができず、最後は自ら追いかけていきます。 しかし、黄泉国と葦原中津国(地上)の間でイザナギが1,000人で動かすような大岩で道を塞ぎ、二人は離れ離れになります。 そして、この岩をはさみ夫婦の別離の言葉を交わした際にイザナミが「私はあなたの国の人々を、一日に1,000人殺しましょう」と言うと、イザナキは「それなら、私は一日に1,500の産屋を建てよう」と言いい、一日に1,000人の人が死に、その代わりに一日に1,500の人が生まれるという生死の起源となりました。

そしてこの後、イザナミは黄泉国の主宰神となり、黄泉津大神、道敷大神と呼ばれるようになります。

『古事記』や『日本書紀』から読みといているため、細かな部分で解釈が違ったり釈然としなかったりしますが、国土を生み黄泉国に行った後は人間たちの死を司ることになった女神です。

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速玉之男大神(ハヤタマノオのおおかみ)


伊邪那美大神(イザナミのおおかみ)の夫である伊邪那岐大神(イザナギのおおかみ)が唾を吐いた時に生まれた神とされています。
イザナミの死後、愛おしさのあまりイザナミに逢いに黄泉国(よみのくに)までいったイザナギですが、死後の醜い姿を見られたイザナミといざこざが起こります。 この際に、イザナミが「もう縁を切りましょう」と言い、「お前には負けないつもりだ」と言ってイザナギが唾を吐き(現代と神代では「唾を吐く」ことのイメージ・意味が違っていて、神代では「契約」を意味しているという説が主流で、どの説も負のイメージではないようです。)、そこで生まれた神が速玉之男大神(ハヤタマノオのおおかみ)となります。

黄泉国(よみのくに)で父親であるイザナギとその妻のイザナミとがもめているときに生まれたわけですが、各地で縁結びの神様として祀られています。

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事解之男大神(コトサカノオのおおかみ)


伊邪那美大神(イザナミのおおかみ)の夫である伊邪那岐大神(イザナギのおおかみ)の唾を掃きはらった時に生まれた神とされています。
イザナミの死後、愛おしさのあまりイザナミに逢いに黄泉国(よみのくに)までいったイザナギですが、死後の醜い姿を見られたイザナミといざこざが起こります。 この際に、イザナミが「もう縁を切りましょう」と言い、「お前には負けないつもりだ」と言ってイザナギが唾を吐き(現代と神代では「唾を吐く」ことのイメージ・意味が違っていて、神代では「契約」を意味しているという説が主流で、どの説も負のイメージではないようです。)、そこで速玉之男大神(ハヤタマノオのおおかみ)が生まれます。 
そして、儀式的な意味合いでその唾を掃きはらった時に生まれた神が泉津事解之男(コトサカノオのおおかみ)となります。

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  • 境内のご案内

三所神社には、拝殿・本殿のほか水神社・八坂神社・若宮神社・中ノ内神社の境内社があります。


境内は以下のようになっております。


拝 殿


本 殿


水神社 / 八坂神社


若宮神社 / 中ノ内神社


狛 犬


神社入口


境内入り口


境内諸所



  • 宮司

三所神社の宮司のご紹介


宮司 田上 智規 (たのうえとものり)


以下の表は、宮司が奉職している神社名です。

神母神社いげじんじゃ南国市陣山130
宇賀神社うかじんじゃ南国市左右山558
総 社そうしゃ南国市国分536
八坂神社やさかじんじゃ南国市国分1214
熊野神社くまのじんじゃ南国市国分838
仁井田神社にいだじんじゃ南国市中谷308
金峯神社かなみねじんじゃ南国市白木谷4131
八幡宮はちまんぐう南国市八京805
仁井田神社にいだじんじゃ南国市白木谷3654
仁井田神社にいだじんじゃ南国市上倉632
山姥神社やまうばじんじゃ高知県南国市白木谷
比江山神社ひえやまじんじゃ高知県南国市比江
須賀神社すがじんじゃ高知県南国市白木谷
御霊神社ごりょうじんじゃ高知県高知市土佐山125
工石神社くいしじんじゃ高知県高知市土佐山高川1911
白山神社しらやまじんじゃ高知県高知市土佐山菖蒲656
仁井田神社にいだじんじゃ高知県高知市土佐山高川自778至783合
本部神社もとべじんじゃ高知県高知市土佐山梶谷氏宮391
白山神社しらやまじんじゃ高知県高知市土佐山西川宮ノ谷285
春宮神社とうぐうじんじゃ高知県高知市土佐山桑尾横平629
白山神社しらやまじんじゃ高知県高知市土佐山梶谷1404
仁井田神社にいだじんじゃ高知県高知市土佐山桑尾78
海津見神社わだつみじんじゃ高知県高知市土佐山
川内神社かわうちじんじゃ高知県高知市重倉1617
地主神社じぬしじんじゃ高知県高知市久礼野618
竈戸神社かまどじんじゃ高知県高知市久礼野1003
若一王子宮にゃくいちおうじぐう高知県高知市久礼野1289
三所神社さんしょじんじゃ高知県高知市神田358-1
八幡宮はちまんぐう高知県高知市神田2429
大的神社おおまとじんじゃ高知県高知市神田大的山975
和霊神社われいじんじゃ高知県高知市神田1540
吉野神社よしのじんじゃ高知県高知市神田1914
厳島神社いつくしまじんじゃ高知県高知市神田
稲毛神社いなげじんじゃ高知県高知市神田
松尾神社まつおじんじゃ高知県高知市神田628-1
稲倉神社いなくらじんじゃ高知県高知市神田
八代八幡宮やしろはちまんぐう高知県吾川郡いの町枝川